
将軍ナポレオン・ボナパルト
![]() |
![]() 1798年4月、将軍ナポレオン・ボナパルトは、エジプト遠征に出発する数週間前に、ブレゲから3個の重要な時計を手に入れました。 リピーター付き懐中時計、カレンダー表示とリピーター付きのキャリッジ・クロック(携帯用置時計)、リピーター付きの自動巻懐中時計「ペルペチュエル」です。 未来の皇帝の一族も時を置かずブレゲの顧客に加わりました。 |
フランス王妃マリー・アントワネット
![]() |
![]() 1782年10月、アブラアン-ルイ・ブレゲは王妃マリー・アントワネットのために、ブレゲNo.2 10/82を完成させました。 この時計は、日付表示とリピーター付きの自動巻時計「ペルペチュエル」です。 この名匠の作品を高く評価した王妃から、その翌年、アブラアン-ルイ・ブレゲに驚くべき途方もない注文が寄せられました。 それは、これまで知られたあらゆる複雑機能とブレゲの発明をひとつの時計に組み込んだものを王妃のために作るというもので、製作にかかる期間と費用は無制限でした。 アブラアン-ルイ・ブレゲは、王妃の警護にあたる役人を通じて注文されたこの時計の製作に打ち込みましたが、次々と沸き上がる自身の発明を盛り込むのに多大な時間を要し、王妃の死から永い年月を経てようやく完成しました。 しかし、彼女は不運なことに、「マリー・アントワネット」という名で呼ばれる伝説の時計ブレゲNo.160の完成を見ることなく、この世を去りました。 |
サー・ウィンストン・チャーチル
![]() |
サー・ウィンストン・チャーチルは、ブレゲの顧客のひとりでした。 ブレゲNo.765、すなわちスプリットセコンド・クロノグラフ付きミニッツリピーターというこの逸品は、彼の祖父マールボロ公爵が1890年に購入したものでした。 |
アーサー・ルビンシュタイン
![]() |
![]() ルビンシュタインが着けていたNo.1682は、日付と温度計が付いた時計で、オーバル型をしたケースに特徴がありました。 これには興味深い由来があります。 このケースはもともと、ロシア貴族のパニン伯爵の依頼でブレゲが1822年に製作したものです。 時計に見えるように意図されているものの、本来の目的は肖像画を収めるケースでした。 それからずっと後の1884年にこのケースがブレゲの工房に戻ってきました。 その際にムーブメントを組み込むように指示が加えられ、現在のような姿になりました。 |
ブレゲの著名な顧客の一部
| オルレアン公爵(1780年) フランス王妃マリー・アントワネット(1782年) フランス国王ルイ16世(1783年) シャルル・モーリス・ド・タレーラン・ペリゴール(1787年) コンドルセ侯爵(1792年) ナポレオン・ボナパルト将軍(1798年) ルクレルク将軍(1801年) 英国皇太子(1803年) ビュテンブルク王子(1805年) 皇后ジョゼフィーヌ(1806年) オスマン・トルコ皇帝セリム3世(1806年) ナポリ王妃カロリーヌ・ミュラ(1807年) ロシア皇帝アレクサンドル1世(1809年) 英国王ジョージ3世(1810年) オルロフ王子(1810年) ポニアトゥスキー王子(1811年) スペイン王子フェルディナンド(1812年) スペイン王子カルロス(1812年) ホッティンガー男爵(1812年) フィレンツェ天文台(1812年) 皇后マリー・ルイーズ(1813年) ネイ将軍(1813年) ダヴィドフ将軍(1814年) ウェリントン公爵(1814年) ロートシルト男爵(1815年) マールボロ公爵(1818年) ノーフォーク公爵(1821年) フランス国王ルイ18世(1825年) アクセル・フォン・フェルゼン伯爵(1835年) ビクトリア女王(1838年) モルニ公爵(1863年) パリ伯爵(1863年) サー・ウィンストン・チャーチル(1901年) エジプト国王ファルーク(1924年) アーサー・ルビンシュタイン(1930年) エットーレ・ブガッティ(1931年) セルゲイ・ラフマニノフ(1931年) ギリシア王子ジョージ(1934年) ウィンザー公爵(1950年) |






